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私の日本での最初の数日間の中で最も印象に残っていることは、交通手段に関する事だ。
私にとっては7時間のノンストップ便でのフライトも始めての経験だったが、ヨーロッパでもニューヨークでもフロリダでもない、アジアに向かう東への旅もこれが始めてだった。
トロントで飛行機に乗る前から、私はトウキョウへ行く旅がこれまでとは違うものになる予感はしていた。 |

| 成田に着いた私は、出迎えてくれた友人の案内で電車に乗り、上野駅で山手線に乗り換え、日本で最初の宿泊地である池袋に向かった。池袋ではキミ旅館という、これまで見たこともないスタイルの日本式旅館に泊まった。この日本での最初の数日間、このキミ旅館や山手線の光景などは、私にとって忘れ難い思い出である。私は地方から東京へ移ってきた人々の多くは私と同じように、この最初に見た山手線の光景を感慨深く憶えているのではないかと思う。 |


そんな光景のなかでも、最初に驚いたものは駅のホームの電光案内板と時計だった。電光案内板が「次の電車は17:44」と表示すると、17:44ぴったりに電車が到着するのだ。
私はこんな光景はいまだかつて見たこと無かった。2〜3分おきにやってくる電車がすべて時刻通りにやってくることも私には大変な驚きだった。もし誰かがトロント市の交通システムのお偉方に、「トロントの地下鉄もきちんと時刻表にそって運行されるべきですよ」などと言おうものなら、「いったいあんたはどこの星に住んでいると思っているんだい?」とか「時刻表なんぞにそって電車を走らせるようにしたら、その次は彼らに空の飛び方でも教えろとでもいうのか?」などと言われるのがオチなのである。 |
次の出来事は私にとってさらに驚くべきものだった。信じられない位の数の人達が、電車に乗る為にプラットフォームに整列して電車を待ち、到着した電車からはこれまた信じられない位の数の人々が降りてくるのだが、その全ての人達が整然と秩序正しく行動するのだ。
これだけの人数が、短い停車時間に一度に乗り降りするのに何の混乱も起きないのだ。
私にはまるで、一人一人が混乱を起こさぬよう自分を厳しく律しているように思えた。
「なんてすごい人達なんだろう」
私は電車の乗降客を眺めながら、この光景にいたく感動してしまった。 |


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しかし最も驚いたのは、身なりのいい会社員が電車に駆け込もうとしてドアに顔をはさまれた時のことだった。列車の後部でこの出来事を見ていた車掌さんがすかさずドアを開けてあげた為、その不運な会社員は列車に乗り込むことができ、事なきを得た。 |
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| そのあと車掌さんはさらに念入りにもう一度安全を確認し、ドアを再び注意深く閉じ、列車前方の運転士に合図を送ると列車はゆっくりと動き出した。その時ももちろん駅のスピーカーからはドアが閉まることを告げる楽しげな音楽が流れ、感じのいい声で「ドアが閉まります。ご注意下さい。」とのアナウンスが流れていたことはいうまでもない。 |

| 私が住んでいたトロントの地下鉄では、列車の発車の時には短いチャイムが3度鳴るだけで、声によるアナウンスは無い。そしてその車掌ときたら、電車のドアに乗客の顔をはさむことに全力を注いでいるとしか思えないのである。発車のチャイムが鳴り終わる前にドアを閉めるなんて事は彼らの最も得意とするところである。先日の車掌達の職務意識調査では、ほとんどの車掌が、「列車のドアの開閉に責任を持つということは車掌の職務の一部とは考え難い」と回答したというのだ。もしもあなたがマナー、同情、寛容さ、そして顧客サービスの精神といったものを持っていたなら、あなたはトロントの交通システムでは勤務する資格は無いであろう。 |

| 五年前に日本に来て最初の数日で、山手線でこれらの光景を見た私は、「自分はここを好きになっていく…」と思った。そして実際そうなったのだった。 |

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グレッグ・ロービック
GREG ROBIC
[劇作家、作曲家] |
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1970年カナダ・トロント生まれ。
大学にて演劇を専攻した後、カナダ国内にて、ミュージカルの脚本と作曲を手がける。
なかでも、プア・アレックス・シアターでの15ヶ月間を皮切りにカナダ各地で上演された、グレッグ脚色による「Aristophanes’ Clouds」の舞台は、批評家達の注目を浴びる。
その後、まだ見ぬ国、日本への強い興味から5年前に来日。現在、劇作家、作曲家、英語教師として精力的に活動中。
最近では、落語家の三遊亭亜郎さんとミュージカル落語「レ・ミゼラブル外伝・テナルデェ物語」を製作。好評を博す。
現在は横浜市在住。 |

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