
650年以上にわたり受け継がれ、人々を魅了してきた「狂言」。その第一人者であり、芸歴90年を超える今もなお、現役で舞台に立ち続ける人間国宝の狂言師・野村万作。映画『六つの顔』は、ある特別な1日の公演に寄り添い、万作が磨き上げてきた珠玉の狂言「川上」と人生の軌跡に迫る。監督は、『ジョゼと虎と魚たち』、『のぼうの城』の犬童一心。アニメーションを『頭山』山村浩二、ナレーションをオダギリジョー、監修を野村万作と野村萬斎が務める。
この日の会場は、万作の母校である早稲田大学の大隈講堂。映画上映後にステージに登壇した万作は、母校での上映に「わたしの学生時代、しょっちゅうここに来ておりました。早稲田祭というところでお能や狂言が行われていました。そういう意味では非常に懐かしく、そしてこの場所で映画が上映されるということはとても嬉しいことです」と感激の表情。

続く萬斎も「映画では、父の90年の足跡を監督に撮っていただきました。ご覧になった皆さま、いかがでしたか?」と尋ねると大きな拍手。

さらに裕基も「わたしは早稲田大学卒業ではなく、慶應を卒業した者ですが、慶應の講堂より早稲田の講堂に立たせていただくことの方が多いんです。この映画が、まさか全国津々浦々の劇場で上映されることになったというものも、その規模感がすごく驚きであるとともに、ありがたいことだなと思っております」と挨拶。

能や狂言にも造詣の深い犬童一心監督は、この映画を撮ることになった当時を振り返り「最初に思ったのは、しめたなということ。前から映画的に万作先生を撮りたいと思っていたし、能楽堂も撮ってみたかった。その両方を兼ねられるから、この話をいただけて、すごくしめたなと思った。なんといっても万作先生の映画を撮る仕事を頼まれた、ということがものすごい名誉。大事にやらなきゃいけないと思いました」と感慨深げに語った。

本作の制作は、万作自身の希望でもあったという。そんな父の思いを代弁するように萬斎は、「われわれは無形文化財です。隣にいる父は人間国宝ですから。父の代弁をするならば、おそらく自分の芸を形に残したいという想いはあったと思います」と語ると会場からは拍手が。
また、万作は映画の中にも丸々収められており、近年ライフワークとしても取り組んでいる演目「川上」に言及して、「UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で狂言のシンポジウムを行った際、野外で上演した「川上」でものすごい拍手をいただきました。ミラノでは、ある老夫婦が、舞台で手を取り合って立ち去る夫婦の姿を見て、自分たちも一緒になって手を取り合って帰っていったと通訳の方から聞いて嬉しいなあと思いました」と振り返ると、「私が好きなのは、静かな狂言。もちろんゲラゲラ笑うのも悪くはありませんけれども、それ以上に和というものがある、柔らかい狂言。柔らかい人と人との交流というものが、「川上」にもある。そのような狂言を少しでも色濃く演じていけていければなと思います」とその想いを語った。
また、本作を撮るにあたり、「万作先生の狂言の考えとして、まず美しくなければいけないということをよくインタビューでおっしゃっているんです」と切り出した犬童監督は、「やはり万作先生は普段、座っていても立っていても、シルエットや佇まいがすごく綺麗。だから、本作はドキュメンタリーなんですけど、その佇まいやシルエットをとにかく綺麗に撮る。そうすることで万作先生が普段言ってらっしゃる狂言に、映画が近づけるんじゃないかと思いました」と明かすと、萬斎も「われわれは全身で表現しているという思いがあるので、そういう意味でもシルエットにこだわっていただいたというのは、本当にその通りだなと思いました」と深くうなずいた。

人間国宝・野村万作を、息子と孫という関係でもある萬斎と裕基はどのように捉えているか質問が投げかけられると、まずは萬斎が「父というより師匠であるということがすごく大きい。ちょっと特殊な家庭であったなという気はしますが。やはり同じように考えていくということがとても重要に思います。僭越ながら同士でもあり、同業者であり、共演者であるっていうところがとても重要。僕らは単なる技芸を受け継ぐだけではなく、父が言いましたように精神を受け継ぐところがあります。アップデートされていく新しい時代に合わせて、自分たちが何を守り、何を更新していくのか。そのための色々なチャレンジを惜しまないということを身をもって見せてくれた。そういう意味で『先達』であり『先人』でもある。われわれは『猿に始まり狐に終わる』と言いますけれども、まさしく『獣の世界』ですよ」と例え、会場を沸かせた。
続けて、「親父さんが、餌はこうやって獲るんだよということを言葉では説明しないわけです。まず親が『獣の獲り方はこうやるんだよ』という姿を見せて、それを見様見真似で覚えていく。そういう意味で特殊ではありますが、ずっと背中を見せてきてくださったなと思っております」とユーモアも交え、芸を繋いできた親子の関係性を解説。

さらに裕基も「この映画を観て思ったことですし、普段からも思うことでもあるんですが、万作先生という方は『芸に実直であれ』という姿勢の方であると感じています。94歳になってもまだ高みを目指す、というような気持ちと精神と体力を持ち合わせている。本当に改めて偉大な存在だと感じました」と語った。
そんな大盛り上がりのトークショーもいよいよ終盤。最後のコメントを求められた万作は「(映画が)当たるといいですね!」とひとこと呼びかけて、会場は大笑い。会場に集まった人々をパッと華やかな笑顔に包み込んだ。
映画『六つの顔』は、8月22日より公開。