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【レポート】『あちらにいる鬼』特別上映会に廣木隆一監督と登壇の原作者・井上荒野「3人は同じ墓地で眠っている」

あちらにいる鬼

瀬戸内寂聴、井上光晴、そしてその妻。実在した人物をモデルに、男女3人の特別な関係を井上夫妻の長女である作家・井上荒野が綴った小説を映画化した『あちらにいる鬼』(11月11日(金)公開)のトーク付き特別上映会に、原作者の井上荒野、廣木隆一監督が登壇した。

目次

映画『あちらにいる鬼』特別上映会イベント 概要

日時:11月8日(火) 12:20~12:50
登壇者(敬称略):井上荒野、廣木隆一(監督)
会場:ブロードメディアスタジオ試写室

オレンジ色のネックレスを身に付けて登場した原作者の井上だが、このネックレスは父・井上光晴がソ連土産として寂聴さんに贈ったものを、井上が譲り受けたものだという。「私が今これをしているなんて父も今びっくりしているでしょうね。」と話すと会場は笑いに包まれた。

出来上がった作品の感想を聞かれた井上は、「自分が小説で描かなかったものが映画には描かれている。小説というのは書けば書くほど事実から遠ざかっていくような感覚があって、それでも書かなければいけないので言葉を選ぶわけですが、映画ではその私がすごく考えていたことが役者さんの表情やその風景ひとつで、一番正しい方法で胸に迫ってくるような感じがしました。」と絶賛。

それを聞いた廣木監督は「原作者の方からそういった感想を直に聞けてとても嬉しい。」と笑顔で答えた。

あちらにいる鬼

原作が生まれた経緯について、当時体調を崩していた寂聴さんに会いに行った井上だが、「寂聴さんはどこにいっても「光晴さんはこの時こんなことを言ったのよ」とか「このお店のお豆腐が彼は大好きだったの」と父のことをお話になられて、本当に好きだったんだな…と思ったんです。それまで寂聴さんは父との関係を明言してこなかったけれど、父とのことをどこかに残しておきたいのだな…とグッときて、これは私が書かなければなと思いました。」と、執筆のきっかけのひとつになったことを明かした。

原作の帯にコメントを寄せた寂聴さんは、執筆前「なんでも話すわ。ぜひ書いて下さい。」と井上に声をかけていたというが、単行本が出た後は「もっと色々聞いてくれればよかった」と話していたそうで、そのことについて井上は「きっと寂聴さんは自分でも書きたくなったんだと思います。」と当時を振り返った。

あちらにいる鬼

タイトル「あちらにいる鬼」が当初から決まっていたタイトルなのかと廣木監督が井上に質問すると、当初「愛の鬼」という言葉を考えていたそうだが、「鬼はそれぞれの女とも捉えられるが、鬼ごっこのような意味合いもある。」とタイトルの意味について明かした。

実在した人物たちを演じた役者について井上は、「寂聴さんについては、もちろん似ていない部分もあるけれど、そこが寺島さんの解釈したみはるという人物像だと思います。豊川さんは顔も身長も全然違うのに、うちの父親に妙に似ていて、先日テレビで豊川さんを見た妹とも似てるよねと話していたんです。」と明かした。

光晴をモデルにした白木について、同じ男性の目線から廣木監督は「人を惹き付ける魅力がある人」と語り、実の父親について井上は、「今でいうクズであることは間違いない。ただみんな平等にあるべきだという意思だけは本当で、弱い人のためにいつも怒っている人だった。根源的に人間としていいところがあったんです。」と分析し、また「やさしいというか、想像力がすごい人だった。相手を見通す能力があって、これは寂聴さんとも話していたんですけど、いつも相手が一番喋って欲しいことを言うんですよね。」と笑顔で話した。

同じ女流作家として、寂聴さんについてどう感じているかと聞かれた井上は、「寂聴さんの言葉の使い方を私は凄く好きで、一番尊敬しています。言葉の使い方というのは、その人が人生や世界をどのように見ているかということに関わってくる。寂聴さんは自分にはこれしかない、という言葉を使って小説を書かれている。自分の心だけを信頼して生きてきたことが、結果として女流作家というものを底上げしてきたんだと思います。」と改めて寂聴さんへの尊敬の念を語った。

最後に井上は、両親が眠る墓地についても語った。生前、瀬戸内寂聴が住職を務めた天台寺に井上夫妻の墓がある。この寺を勧めたのが、まぎれもない寂聴さんだった。

この9月に寂聴さん本人のご遺骨もここに分骨されたことに触れた井上は「「隣にするのはちょっと図々しいから通路を隔てて横にしたわ」と寂聴さんが仰っていて。全然離れていないんですけど。」と、同じお寺の、しかも小道を挟んだ隣の隣に互いの墓石があることを、笑顔を交えて披露した。

あちらにいる鬼
あちらにいる鬼

没後1年、ゆかりの地で瀬戸内寂聴を偲ぶ

ゆかりの地で故人を追悼
京都の寂庵ではその門戸を開き、一回忌に訪れる人々と共に過ごすという。また、天台寺のある岩手県二戸市では、市民文化会館にてしのぶ会が行われ、テノール歌手・秋川雅史さんが献唱、故郷である徳島県徳島市では、功績を称えられる記念碑(生前親交のあった横尾忠則さんが描いた肖像画がもと)が建てられたとのことで、没後一年、今なお愛され続ける僧侶・作家である瀬戸内寂聴、その知られざる人生を是非本作で紐解いてみては。

【瀬戸内寂聴(晴美)プロフィール】
1922年5月15日、徳島県生れ。2021年11月9日に99歳で逝去した。
1957年「女子大生・曲愛玲」で新潮社同人雑誌賞、1961年「田村俊子」で田村俊子賞、1963年「夏の終り」で女流文学賞を受賞、作家としての地位を築く。
1973年11月14日平泉中尊寺で得度。その後も執筆活動が続き、著書に1992年「花に問え」(谷崎潤一郎賞)、1996年「白道」(芸術選奨文部大臣賞)、2001年「場所」(野間文芸賞)、2011年に「風景」(泉鏡花文学賞)などがある。2006年に文化勲章を受章。


作者の父井上光晴と、私の不倫が始まった時、作者は五歳だった。

五歳の娘が将来小説家になることを信じて疑わなかった亡き父の魂は、
この小説の誕生を誰よりも深い喜びを持って迎えたことだろう。
作者の母も父に劣らない文学的才能の持主だった。
作者の未来は、いっそうの輝きにみちている。百も千もおめでとう。

――瀬戸内寂聴 ※(「あちらにいる鬼」/朝日新聞出版 刊行時の瀬戸内寂聴コメント)

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