【レポート】『サンドラの小さな家』トークイベントで建築家の藤原徹平さん&光嶋裕介さんが本作やセルフビルドについて語る

サンドラの小さな家
藤原徹平さん、光嶋裕介さん

米映画批評サイト「ロッテントマト」で満足度93%(2021年1月24日時点)を記録し、Variety誌が選ぶ2020年ベスト映画第4位に選出された『サンドラの小さな家』が4月2日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開となる。

本作で一躍脚光を浴びたクレア・ダンが脚本・主演を務め、『マンマ・ミーア!』の名匠フィリダ・ロイドが監督した本作は、住む場所をなくしたシングルマザーが2人の娘たちのために家を自力で建てようと奮闘する感動作。

公開を記念して開催されたトークイベントでは、日本を代表する建築家の光嶋裕介さん藤原徹平さんが、本作やセルフビルドについて貴重なトークを繰り広げた。

『サンドラの小さな家』トークイベント 概要

日時:3月23日(火) 20:10〜20:40
登壇者:光嶋裕介さん(建築家) 藤原徹平さん(建築家)
会場:ユーロライブ

―映画のご感想をお聞かせください。
光嶋さん:建築は時間がかかり、集団的創造物であるところが面白くて難しいところなのですが、映画も同じなんですよね。一人ではできない、物語を内包している、というところに共通点があって考えさせられました。映画というものが扉を開けた瞬間に違う世界を体験させてくれるものなんだなということに改めて気づき、モノを作るということを考えさせられました。

サンドラの小さな家

藤原さん:ラストがとにかくショックで。そして僕は日本で洋画を見る面白さに原題と邦題があることだと思っているのですが、最後に“Herself”という原題を味わい深く感じました。建築を作ると言うのはどこか自分探しなんですよね。クライアントの生活や生き方を一緒に探していくようなところがあって、それが個人の住宅であっても、企業のビルであっても、公共建築でも同じ。自分がなりたい自分を一緒に探す行為なので、そのプロセスこそが大事と改めて気づかされました。例えそれがなくなっても残るものがある。それがテーマなのかなと思った時に、なにか切実な、建築がテーマなんだけど、人間にとって普遍的な物語なのではと感じました。

サンドラの小さな家

―建築家としての視点で印象に残ったシーンは?
光嶋さん
:僕は裁判のシーンなんです。サンドラが感情的になって不安定になった時、母親のような存在のウォルター先生が彼女の痣をそっと指でぬぐうんですよね。そこで『ああ、そうなんだよな』と思ったんです。なにかを作る時って自分をさらけ出すんですよ。他者との交流を介して社会と交流して建築を作る。そこに物語が内包される。それを他者がまた体験できる。あのシーンで僕は繕わなくていいんだ、ありのままでいいんだ、“Herself”でいいんだよと思ってじーんときたんですよね。あのラストは僕も衝撃でしたけどね。

―建築を手掛ける時にも「ありのままでいること」は大事なんですね。
光嶋さん:サンドラが作った家はHPで見たもので、オリジナルデザインでなく、ある意味複製したものですよね。切妻の家の形なんですが、実は玄関が飛び出しているんですよ。ここが玄関ですよ、とアピールしている。そこが僕はすごく気になって、ここに彼女のアイデンティティがあるんだなあと。劇中で予算がないのにサンドラがドアノブにこだわってもめますよね。なぜかこの玄関とドアノブが僕はサンドラの痣と重なったんです。自分で作ること、衣食住が今私たちの生活から圧倒的に離れているのだけど、サンドラが生きている手ごたえを見せてくれていることに一番感動しました。

サンドラの小さな家
▲劇中のサンドラ家
サンドラの小さな家
▲劇中のサンドラ家

―藤原さんは建築家として印象に残ったシーンは?
藤原さん:途中でセルフビルドの設計者がリモートで出てきますよね。あの建築家の役の立たなさかな(笑)それは冗談ですが、ひとつの社会批評が含まれているんですよね。アイルランドにおいては家を持つのは大変なことなんです。家の在り方、社会が家をどのように捉えているかということが日本とかなり違う。ホームレスの問題も違うのでなかなか理解するのは難しいことかもしれないのですが、世界では建築から誰でも家を持てるということをグローバルにするプロジェクトが起きてて日本の建築家はなかなかそういう社会サポートには踏み込めていないんですよね。日本の法律ではセルフビルドが許されていないので難しい部分もありますが、家って劇中のように色んなサポートがあって奇跡的な繋がりよって立ち上がるものなんですよ。どのプロジェクトも建って当然のように思うけど建たないんです。そういうことを改めて考えさせられました。

光嶋さん:建築を作ることはすごく原始的で命に近い部分だと思っています。それが商品という交換原理に回収されてしまっているのではというある種の危機感がありますね。僕はできるだけクライアントに家づくりには関わってもらいたいと思っています。壁を塗ったりして愛着を持つこともあるけど、それよりもなにかが立ち上がる瞬間というものを自分の手で理解することは圧倒的に教育的要素が高いと思うんです。子育て世代が家を建てることが多いのですが、子供たちは純粋にレゴとかで遊びながら構築しているんですよ。藤原辰史さんが構築の逆に分解と破壊があると『分解の哲学 ―腐敗と発酵をめぐる思考』の中で言っていますが、なにかを作りながら壊すということを子供に言葉で言ってもわからないけど、やればわかるんですよね。大工さんってすごいんだな、なりたいなって見れば思うんです。この映画でもサンドラは家を作ってるんだけど娘たちはお母さんと一緒にいるとか、形じゃない見えない何かを一緒に作り上げているんじゃないかなあ。

藤原さん:僕は学生時代、セルフビルドをやっていたんですよ。今だと違法建築かな。演劇や映画関係の仲間たちと劇場を作ったんですが、それもみんなで文化を作っていた、どう生きるかを考えていたんだと思うんですよね。大学の授業で学ぶこともあるけど、自分たちでゼロから作るのは何よりも大きな学びで光嶋さんがおっしゃるように、子供ってその先に何があるかわからないから毎日ゼロから作っているんですよね。そもそも人間はそのように作れる存在なんだけど、忘れていってるのかも。この映画を見てモノを失うことにショックを受けるのはモノに価値を置いてしまう、僕たちの物質価値的な社会への批評でもあるのかもしれない。

―今までに見た個人宅で印象に残っている建築はありますか?
光嶋さん:キラー通りにある“塔の家”(1966年竣工)ですね。建築家の東孝光さんの自邸なのですが“家とはなにか”ということを“問う”建築だと思います。人間は建築に育てられるというか家と人間は共に育つんですよね。それが建築の勉強とかリテラシーとか関係なく見ただけでわかる。それが塔の家でした。みな使いやすいか使いにくいかという因果関係で物事を考えすぎなんじゃないか。計画できない偶然性をどう計画するか、ということも考えさせる建築です。

藤原さん:僕が大学時代に見て一番インパクトがあったのは川崎にある日本民家園です。全国の様々な民家があってすごくかっこいいんですよ。300年とか400年とか使っていたもので家って時代を越えてあるんだというのを初めて民家園で理解しました。それまで家って新しいものがどんどん建つし、団地だったり一軒家だったりいろんなものがあると思っていて。でも民家を知ると家が色々あることが変と思ったんですよね。民家で驚くのは玄関がないんですよ。全部開け放たれててあちらこちらから入れるんです。だから自分が設計するときも玄関が複数あるとか、たくさん入り口があるとか、考え方が狭くないものを作らないと時代を超えらえないのかなと思ってます。

―映画好きのおふたりですが、映画から得たことが建築のお仕事にフィードバックしたことは?
光嶋さん:物事は動くもの、シークエンシャルに捉えるということを映画は教えてくれたかもしれないですね。建築は静止画、竣工写真もひとつの切り取り方だけど、ヴィム・ヴェンダースの『もしも建物が話せたら』(14)のように、建築って映画と相性がいいのだと思います。映画が僕の建築感にフィードバックしてるとしたら動き、時間という視点を生身で体験できるというところかな。

藤原さん:僕は大学のころ映画館ばかり行ってたんですよ。各国の中に様々な文化がある、街の人の声なき声が映画には映っていて、建築の授業よりずっと面白かった。梅本洋一先生の映画批評のゼミを受けていて映画から“都市”を教わりました。ロシアとはなにか。ヌーヴェルバーグがなにを考えていたのか等勉強できました。それが後に隈研吾さんに声をかけて頂いて世界的な仕事をすることになり、行ったことない国の建築をどう作るか、という時に映画とか小説がその文化を知る唯一の方法で本当に助けられました。僕が建築家になったのは映画のおかげかもしれないですね。

光嶋さん:全く同感ですね。僕も海外で建築のことを話す時映画は大きいです。僕は各国に大好きな映画監督を作っています。デンマークはラース・フォン・トリアー、フランスはパトリス・ルコント、スペインはペドロ・アルモドバル、ドイツはヴェンダースetc…。この『サンドラの小さな家』はクレア・ダンが友人からもらった一本の電話が出発点になってここまで大きくなったんですよね。ひとつのきっかけが映画になって、ダブリンという地域を見せ、見た人の世界を広げていく。映画も建築も襞が多く学ぶところが多いと思います。

【ゲストプロフィール】

光嶋裕介さん
1979年、アメリカ・ニュージャージー州生まれ。建築家。一級建築士。早稲田大学理工学部建築学科卒業。2004年同大学院修了。ドイツの建築設計事務所で働いたのち2008年に帰国、独立。神戸大学特命准教授、早稲田大学や大阪市立大学などで非常勤講師。建築作品に内田樹氏の自宅兼道場《凱風館》、《旅人庵》、《桃沢野外活動センター》など多数。2013-15年、NHK WORLD「J-ARCHITECT」の番組MCを担当。2014年、「ガウディ×井上雄彦」特別展の公式ナビゲーターを務める。2015年、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの「WONDER FUTURE」全国ツアーの舞台デザインとドローイングを提供。著書に『みんなの家。』(アルテスパブリッシング)、『幻想都市風景』(羽鳥書店)、『建築武者修行』(イースト・プレス社)、『建築という対話』(ちくまプリマー新書)、最新刊『つくるをひらく』(ミシマ社)など。
Twitter:@yusuke_koshima

藤原徹平さん
1975年、横浜生まれ。横浜国立大学大学院 Y-GSA准教授。フジワラテッペイアーキテクツラボ主宰。一般社団法人ドリフターズインターナショナル理事。横浜国立大学大学院修士課程修了。建築や都市のデザイン、芸術と都市の関係を研究・実践している。主な作品に「クルックフィールズ」、「那須塩原市まちなか交流センター」、「京都市立芸術大学移転設計」、「ヨコハマトリエンナーレ2017 会場デザイン」、「リボーンアートフェイスティバル2017 会場デザイン」など。受賞に横浜文化賞 文化・芸術奨励賞 日本建築学会作品選集新人賞など。
Twitter:@fujiwalabo


ストーリー
シングルマザーのサンドラ(クレア・ダン)は、2人の幼い子どもたちと共に、虐待をする夫のもとから逃げ出すが、公営住宅には長い順番待ち、ホテルでの仮住まいの生活から抜け出せない。ある日、娘との会話から小さな家を自分で建てるというアイデアを思いつく。サンドラはインターネットでセルフビルドの設計図を見つけ、清掃人として働いている家のペギー(ハリエット・ウォルター)、建設業者のエイド(コンリース・ヒル)など、思いがけない人々の協力を得て、家の建設に取り掛かる。しかし、束縛の強い元夫の妨害にあい…。サンドラは自分の人生を再建することができるのだろうか?

作品タイトル:『サンドラの小さな家』
出演:クレア・ダン、ハリエット・ウォルター(『つぐない』、「ザ・クラウン」)、コンリース・ヒル(「ゲーム・オブ・スローンズ」)
監督:フィリダ・ロイド(『マンマ・ミーア!』、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』)
共同脚本:クレア・ダン、マルコム・キャンベル(『リチャードの秘密』)
2020年/アイルランド・イギリス/英語/97min/スコープ/カラー/5.1ch/原題:herself/日本語字幕:髙内朝子
提供:ニューセレクト、アスミック・エース、ロングライド
配給:ロングライド

公式サイト:https://longride.jp/herself/
コピーライト:(C)Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020

4月2日(金) 新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

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