
2024年1月29日、イスラエル軍の攻撃下にあったガザ地区からヒンド・ラジャブにより助けを求める緊急通報を受けた人道支援組織「パレスチナ赤新月社」スタッフたちの奮闘や苦悩を、実際の音声記録などをもとに描く本作。監督・脚本を務めるのは、『皮膚を売った男』(20)、『Four Daughters フォー・ドーターズ』(23)のカウテール・ベン・ハニア。当時ニュースやSNSで世界中に拡散されていた“ヒンドの声”を聞いたことをきっかけに映画化を決意。パレスチナ赤新月社やヒンドの母親との連絡を取り、徹底したリサーチを重ねた上で、赤新月社に保管されていたヒンド・ラジャブの音声記録や現地の映像を使用し、パレスチナ人俳優を起用して撮影を敢行した。
大島は「“映画監督ができうる最高の仕事”に震えた」などと本作を高く評価。一方、普段はよほどのことがない限り劇映画に対して推薦コメントを出すことはないという。まず、大島は本作で例外的にコメントを出すことにした理由について、「びっくりしたというのがまず一番なんです。本作に関しては、実際の音声を使いドキュメンタリーとしての部分があることも大きいですが、それに加えてとにかく作品の力がすごい。少しでも作品を広げるお役に立てたらと思い、お受けしました」と明かす。
続けてドキュメンタリー監督という自身に置き換えて「私がもし仮にこの音声記録を入手した立場だったとしたら、赤新月社で当時電話対応をしたキーパーソンの方々にインタビューをして、その音声記録と交えて作るオーソドックスなドキュメンタリーのスタイルをきっと考えただろうなと思うんです」と作品のイメージを紹介。
それを踏まえて「この映画では素晴らしい俳優さんたちを起用して音声を基に再構築していて、本当に“映像の力”がすごいですよね。それがパレスチナからは遠い日本も含めて世界中にこの作品が届いていくというインパクト…それが映画の持つ力だなと。残念ながら、我々ドキュメンタリストにはちょっと到達できないような仕事をやってのけたなと感じました」と、音声記録を基にしながらも劇映画として作り上げたことそのものを評価する。

先日監督が来日をした際にインタビューも行ったISOは、監督のこれまでの異色のフィルモグラフィーを踏まえ「一貫してドキュメンタリーとフィクションの境界が曖昧で、カメラの前に映っている現実という意味では同じと考え、監督の中ではこのふたつに余り分け隔てがないのかもしれません」とその作風を紹介する。大島も、「ドキュメンタリーもカメラに映っているという時点でフィクション性があるという考え方ですよね」とうなずく。
ISOは、本作の撮影について「赤新月社のスタッフ達はパレスチナ人の俳優が演じていますが、監督は俳優たちに事前にセリフだけ覚えてもらって本番までヒンドの実際の音声を聞かせなかったそうです。そして、本番の時に初めて音声を聞いた生の反応を引き出しています。真実の感情に迫ろうとしたという意味で、作り方としてはかなりドキュメンタリー的です」と説明。
大島も、赤新月社のスタッフ達の視点を通して見る事件という本作の描き方について、「ガザにいるパレスチナ人を救いに行くのにイスラエル軍の許可が必要で、本当に悩ましい立場にいる。私もその内情を詳しく知らなかったので、そこが描かれていたのもよかったです」と語る。

ISOは、「実際の音声を使用していることについて、人によっては倫理的に疑問を呈される方もいると思うんです」と本作における倫理性について問いかけると、大島は、「それは思ったところです。自分なら、これがリアルなドキュメンタリーだとしてもかなり悩んだところだと思います」と正直に回答。その上で「映画の中にヒンドさんのお母様のインタビューも出てきますが、彼女や赤新月社のスタッフ達とのコミュニケーションがしっかり取れている上で、“今のガザの状況を世界に伝える”という大義が、倫理よりも勝ったのかなと感じました。作り手によって色々な線引きや基準があって、これに答えはないと思うんです」と考えを明かす。
ISOも、「監督は、映画化したいと考えた時に最初にお母さんに連絡をしています。そこで力強い後押しがあったということで、進めることにしたということです」と補足する。大島は、「監督は、そうした批判も承知のうえでやりきったんだと思うんです。私は、その覚悟に胸を打たれたというところもあります」とフォロー。

大島は、「ウクライナやパレスチナ・ガザもそうですが、ドキュメンタリー映画は割とすぐたくさん作られています」と指摘。パレスチナに関わる作品として近年だけでも『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』をはじめ『手に魂を込め、歩いてみれば』や『ネタニヤフ調書』など、ウクライナ関連では『マリウポリの20日間』や10月公開予定の『プーチンの愛国教室』など、日本でも多くのドキュメンタリー映画が公開されてきた。
大島は、その上で「でも、フィクション・劇映画は少し遅れるんです。例えばヒトラーに関する劇映画は今でも毎年のように作られますが、時間が経って検証できるようになってからフィクションが作られることになります」と指摘。その上で「そう考えると、2023年10月以降のガザのことを描いた映画として、私が知る限りでは本作は初の劇映画の1本と言えると思います」とその重要性を改めて指摘。ISOも「パレスチナの現地の人たちが簡単に映画を作れる状況ではないですからね。だからパレスチナ外の人たちがこういう映画を作る意義はすごくあると思います」と同意する。
大島は最後に、「私も偉そうなことは言えなくて、今のガザの状況に対してすぐに何かをできるわけではないですし、皆さんもそう簡単にはいかないと思うんです。でも、せめてお友達に“こんな映画を見た、すごかった”と伝えていただくのが大事かなと思います。大作ではないからこそ、口コミが本当に大事なんです。映画を見てもらうことが、今の状況を知るきっかけになると思いますので、ぜひ周りの人に伝えたりSNS等で呟いていただけたら一番いいかなと思います」と締めくくった。