昨日、夜も暗くなってから、ドドーンと庭に軽トラが来た。 誰だろう?と思ったら、お隣の集落の人だった。
「これ食べて!」
白いゴーヤにカボチャ。有精卵の卵。そして、立派なサイズの栗! わざわざ持ってきてくれるのが嬉しい。今年初めての栗なので、栗ご飯を作ることにした
「中村さんは収穫を焦りすぎ(笑)」
「採れた野菜が小さい」と唇をとがらせる私に、隣人がくれた助言
来客が来ていたので、しばらく収穫をしていなかったピーマン。いつもの倍のサイズで実ってました …やっぱり育ちきっていないうちに収穫していたようだ
ここ数日、「マンガでわかる!統合失調症」の担当編集者が打合せで滞在していた。
統合失調症について知識がなかったために、母の病気の症状が理解できず母に対してイライラ。 私の中でたまった負の感情は、母への対応に影響を及ぼし、そのせいで 母の統合失調症の回復(リカバリー)を邪魔してきたように思う。
「ひと薬」という言葉があるけれど、私は時に「毒薬」だったのではないだろうか。
そんな自分が失敗した経験も踏まえて、家族が「ひと薬」になるために必要な内容を詰め込んだ一冊を作りたいと考えている。
「マンガでわかる!統合失調症」と対になる本になればという想いを込めて作る。
「え~!!?何コレ。ちょっと、タキさん。見てよコレ。」
「うわ~。なんで? 名前があるやん!」
何気に見ていた地域の小学校の秋の運動会のプログラム。 選手名簿(地域参加の部)に名前が載っていたのだ。小学校の運動会なんて、社会人になってからはスッカリ疎遠。
地域の活動行事として、こういったものがあることを知らなかったので、めっちゃくっちゃ驚いて、
「想定外の出来事」に最後は夫婦で大笑いした
もう1年も前のお話。
小学校の生徒数が少ないので、運動会は地域の人も参加で開催されているそうだ。
参加をお尋ねしてから選手選びしていたら大変なので、集落の長が勝手に選手を配置して
出られない人は後で連絡を入れる方法で、選手が決められるとのこと。
久しぶりの運動会だったので、興味津々で私たちは出場した。
仕事を忘れてみんなと一日、身体を動かし声援して最後は一緒にご飯を食べる。
子どもの頃に戻ったような一日だった。
で、今年は2回目の運動会で、やはり私は選手に選ばれていた。 20歳からの競技に名前があったので、ハードな競技だったらどうしようと緊張しながら集合場所に行ったら同世代が多くて少し安心。なんとか無事に参加することができた。
しかし、リレー競技に出ているお父さんたち。絶対私よりも年上なんだけれど、トラック一周を中学生に負けない速さで走りきるのでスゴイと驚いた。 私はもう10年以上、全力で走った記憶がない。「100メートル、何秒で走れるのだろうか?」とそんなことが気になり出したら
「絶対、どっか痛くするから、急に試すのはやめとき。」 と、間髪でタキさんに突っ込まれた。
「せーへんよ。多分、走られへんもん」 正直、7キロほど体重を落としてからでないと走るのは無理だ。
さて、話は変わって、地域の行事の際、ほとんど必ず「餅まき」がある。子どもから高齢者まで、エキサイトできる楽しいイベントのひとつだが…。
ひとりっ子で育ったせいか、私は幼少の頃から大勢にまじって何かを取るという動作が苦手。 小学校の修学旅行でジンギスカンを数名で食べた時のこと、肉を奪い合う友人たちをポカンと見ているだけで終わった。 しかたないので、生のキャベツを食べた記憶がある。
高校の修学旅行では、鍋料理。やはり肉と海産物の奪い合いに混じれず、白菜と豆腐を食べていたら、 隣の友人が「なにボヤボヤしとん?うちが入れたるわ」とガンガン私の器に、苦手な牡蠣を入れてくれた。 牡蠣が食べられないので困ったけど、気に掛けてくれる友人に嬉しくなった想い出でもある。
そんな私は餅まきでもやっぱり、圧倒されて立ちすくんでしまう。それでも、記念に持ち帰りたいので2つ(私と主人の分)取ることを目標にしている。
今回も目標の2つを拾い、ぼやっと見ていたらタキさんは上手に餅をゲットしていた!
夕方、集落での打ち上げの時に、餅まきの話になって聞かれた。
「中村さんは、いっぱいとれた?」「2つだけ」 「それだけ!? 一杯とったから、あげる」
結局、分けてもらって、15袋(餅30コ分)くらいになった。 じつは、毎回集落の誰かしらが、手ぶらの私に沢山分けてくださるのだ。
「○○さんからもらった!」 自慢する私に
「ホント、(心も食べ物も)豊かだよね」 とタキさん。
自分でとった餅より、分けてもらった餅の方が嬉しい気持ちになる。沢山あるものを分けてくれる、そんな集落での暮らしぶりに コミュニティを大きな家族としてみる温かさを感じる今日この頃だ。
「統合失調症のひろば」6号 日本評論社から本日発売です。(1520円+税)
今号の特集は 特集①「慢性化」を再考する 特集②日本人にとっての幸せとは ですが…私がまず一番にみなさんに読んでいただきたい記事は、なんといっても巻頭インタビュー!!
「盗聴器探しから医療へつなげる」 総合探偵社・フォーチュン広島の重川亮さんの記事。
統合失調症の症状のひとつに、「見張られているような感覚」があるため患者さんは「盗聴器(やカメラ)がしかけられているので探して欲しい」と探偵社のドアを叩くことも多いそうです。
数年前のことですが、家族会でこんな話を耳にしました。「統合失調症者をカモにするリストがあるみたい」「ありもしない盗聴器や盗撮カメラを探した請求代金で数十万、探偵社からとられたんだって。気をつけてね」。
内輪で聞いていたそんな話を、探偵業社の立場から垣間見ることができました。 また、探偵社と統合失調症の関わりや、精神医療関係者ではない第3者の立場での介入について とても興味深い内容でした。精神医療関連の書籍ではあまり語られてこなかった内容なので、是非とも多くの方に読んでいただきたいです。
他の記事も読み応えありで、マーカー片手に熟読します。
みなさんも是非、手に取ってみてくださいネ。
主人は春の花粉にアレルギーがあるけれど、私は秋の花粉でアレルギーがでる。 症状はおもに、目のカユカユ。そこまで酷くはないため、日常生活に影響がでないなら様子見しておけばよいと医師に言われている。
そんな中、屋内にカビを見つけたので掃除していたら、喘息症状がではじめてしまった(>_<)サージカルマスクをしていたものの、カビを吸引してしまったらしい。 喘息患者にとって、カビも大きなアレルゲンだ。 気を抜くとゼィゼィ・ヒューヒュー始まりそうな気管支と肺に、発作が起きないかと緊張している。
アレルギー薬は飲み続けないといけないので、なるべくならアレルゲンを断って自然治癒させたいところだ。次からは掃除の際には、 N95マスクを装着しようと思う(^_^;)
今日は母の命日。
胸の奥にしまっていた記憶にピントを合わせると、色々な景色が見えてくるが、 今日は何故だか、ちょっと恥ずかしいエピソードを一番に思い出した。
かれこれ十数年ほど昔の話。
入院している母から突然電話が入った。
「ねぇ、ユキ。お祖母ちゃんが迷ってるみたい。ちょっとお父さんに、お祖母ちゃんのこと聞いてくれない?」
「わかった。すぐに連絡してみるわ」
母と離婚して、しばらく連絡をとっていなかった父に電話すると…。
「もしもし、あのさぁ、オカンがばぁちゃんが迷ってるいうんやけど、ばぁちゃんのお骨どうなった?」
「え?あぁ、下駄箱の中にあるけど?」
「はぁ?!なにそれ?アカンやん。そりゃ、迷うやろ!すぐにお骨納めにお寺行かなあかんわ!うちが行くから、お骨持ってきて!!」
それから父と一緒に、お寺に行ったのだが… 「亡くなった日をこちらに書いてください」と受付で言われ、数年前の日付を書くのが恥ずかしすぎて逃げ出したくなった。
下駄箱の中にお骨。しかも数年。何度考えても罰当たりすぎて、開いた口がふさがらない
帰って母に報告した。
「なぁ、ちょっと聞いてや。のぼる(←父)の奴、ばぁちゃんのお骨、下駄箱に数年放置してたんやで。ほんま、ビックリしたわ!」
「…」
「オカンが連絡くれへんかったら、ずっとこのままやったで。とりあえず、ばぁちゃんの希望してた寺に納めたから安心して」
「よかった。ありがとう」
生前から息子に言っても仕方がないと、孫の私や母に用をたのむ祖母だったから、母のところに助けを求めたに違いないと思った不思議で恥ずかしいエピソード。
母のお骨は迷った末、父と父方の祖父母と一緒のお寺に納骨した。あっちの世界で、この時のエピソードはどんなふうに語られているのだろうか
「お母ちゃん、安らかに」
九州にいる私は今日はお寺には行かないけれど、空はつながっているから祈りは届くと信じている。